大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和33年(行)51号 判決 1960年9月05日

原告 米谷忠雄

被告 大阪府知事 外一名

訴訟代理人 小川大三郎 外三名

主文

一、被告大阪府知事と原告との間で、同被告が原告に対し昭和二二年一〇月二日を買収の時期と定めてした別紙目録記載の土地に対する買収処分は無効であることを確認する。

二、原告の被告荻田に対する請求を棄却する。

三、訴訟費用は、原告と被告大阪府知事との間に生じたものは同被告の負担とし、原告と被告荻田との間に生じたものは原告の負担とする。

事実

原告は、「被告大阪府知事との間で同被告が原告に対し昭和二二年一〇月二日を買収の時期と定めてした別紙目録記載の土地に対する買収処分は無効であることを確認する。被告荻田は原告に対し別紙目録記載の土地について大阪法務局八尾出張所昭和二五年六月二六日受付第三五九五号をもつてなされた昭和二二年一〇月二日自作農創設特別措置法第一六条の規定による政府売渡を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、

その請求の原因として、

「一、原告は別紙目録記載の本件土地を昭和一〇年一二月二〇日訴外田中亀太郎から買い受けその所有権を取得した。

二、大阪市東住吉区東部農業委員会の前身である加美村農地委員会は昭和二二年七月二九日本件土地について自作農創設特別措置法(自創法)第三条第一項第一号に該当する農地として、同年一〇月二日を買収の時期とする買収計画を定め、被告大阪府知事は右買収計画に基づき買収処分をなし、次で、自創法第一六条の規定により被告荻田に対し昭和二三年六月五日売渡通知書を交付して売渡処分をなし、昭和二五年六月二六日請求の趣旨記載の所有権移転登記手続を了した。

三、しかしながら、被告大阪府知事のした右買収処分は次のような明白・重大なかしがあり当然無効である。

(一)  本件土地は小作地ではない。

本件土地は、原告が買い受けた当時においては農地整理が行なわれており、耕作されてはいなかつた。原告は本件土地を養鶏場に使用する目的で土盛工事に着手していた。原告が応召中の昭和一五年頃被告荻田は原告の母米谷ノブに小作させてくれと頼み、拒絶されたことがあるにもかかわらず、食糧難打開のため空地であつた本件土地を無断耕作するに至つた。原告は昭和一八年に復員後昭和一九年に再度応召するまでの間再三被告荻田に本件土地の返還を求めたし、昭和二一年五月に復員後も兄忠次郎とともに返還方を交渉したが、同被告はその都度収穫ができるまでとかその他の口実を設けて返還に応じなかつた。

以上の次第で、原告は被告荻田と本件土地について賃貸借もしくは使用貸借その他の小作契約を結んだことはない同被告は本件土地を耕作する権限を有しなかつたのであるから、小作地として本件土地を買収したのは違法無効である。

(二)  原告は不在地主ではない。

原告は昭和二一年五月再度の応召から復員後は、大阪府中河内郡加美村長沢町九丁目一二六番地豊島貢方に同居し、加美村の住民として住民登録をなし米の配給を受けていた。大阪市生野区南生野町五丁目は原告の兄訴外米谷忠次郎の住所であつて、原告は兄忠次郎方を復員当時引揚先としていたにすぎない。

後述するように本件買収令書の交付に代わる公告中の住所欄には原告の住所は加美村正覚寺町豊島貢方と明記されているから、本件買収処分は、被告知事が以上の事実を十分に知悉しながら、故意に不在地主としてしたものというほかはない。仮に故意がないとしても、原告の生活の本拠が加美村にあつたことは、調査すれば容易に判明した筈であるのに、その調査を怠り、原告を不在地主と認定したのは処分の要件事実の明白な誤認たるに変りはない。

(三)  本件買収令書の交付に代わる公告には自創法第九条第一項但書に定める要件を欠く。

原告は前述のとおり、復員後加美村を生活の本拠としてきたものであつて、住所を不明にしたことがなく、買収令書の受領を拒否した事実もなく、令書の交付に代えて公告をなすべきなんらの事由も存在しなかつたのであるから、昭和二三年一一月一八日大阪府公報号外をもつてした買収令書の交付に代わる公告は、公告をなすべき要件を欠き、本件買収処分は当然無効といわなければならない。

(四)  本件買収令書の交付に代わる公告における土地の表示は本件土地の表示としては不特定であり、本件買収処分の公告は無効である。

本件公告の面積欄には一反七畝二六歩との記載があるがそのうち一反一畝二六歩は原告の所有、それ以外の田六畝は原告の弟訴外米谷孝雄の所有であつたもので、右公告の記載はその二筆の合計反別であると認められる。ところで米谷孝雄は昭和一八年三月三日ニユーギニア島ラエ東北方の海上で戦死した。それゆえ田六畝に対する買収は死者に対するもので無効であり、したがつて右公告も無効である。そうだとすれば、右公告は一部無効な公告を含んでおり原告所有農地の買収処分の公告としては公告の表示は特定しないものである。またこのように買収処分の一部に無効原因が存在し、右六畝の部分と一反一畝二六歩の部分との境が明瞭でなく、その範囲も不明確な本件買収処分の場合にあつては、本件公告は本件買収処分の公告として無効といわなければならない。

四、以上のように本件買収処分には三、の(一)ないし(四)の重大・明白なかしがあつて無効であるから、被告知事との間で本件買収処分の無効確認を求める。そして買収処分が無効である以上その有効なことを前提とする、被告荻田に対する売渡処分も無効であり、同被告は本件土地の所有権を有しない。したがつて被告荻田は実体の伴わない請求趣旨記載の所有権移転登記を抹消する義務がある。よつて同被告に対しその抹消登記手続を求める。」

と述べ、

被告知事の本案前の主張に対し、

「取得時効完成の主張事実は否認する。同被告主張の法律上の見解は理由がない。」

と述べ、

被告等の本案の主張に対し、

「一、原告の父米谷末治郎が被告荻田の父仙太郎から耕作依頼を受け小作契約を結んだこと、原告が昭和二〇年まで毎年小作料として米四斗を受領したことは否認する。

二、被告知事が、原告の住所は加美村になく生野区南生野五丁目にあり、加美村は一時的寄留地にすぎないと認定したのであれば、昭和二三年三月二四日付中河内地方事務所長よりの買収令書交付方依頼の実施に関しては原告の本来の住所地にあてて買収令書の受領方を通知すべきである。右通知の関係についてのみ原告を在村地主と同様の取扱いをするというのは重大な手続的なかしであつて、右通知は無効である。いわんや原告はそのような通知を受けたこともない。

三、仮に加美村農地委員会が被告知事主張のような通知をし、原告が右通知に従つて受領に行かなかつたとしても、それは自創法第九条第一項但書の要件を充足するものではない。すなわち、原告は、被告知事ないし農地委員会の催告に対して令書受領のためその指定の場所に出頭すべき法的義務を負うものではないから、仮に原告が令書受領のため出頭しなかつたとしても、これをもつて買収令書の受領の拒否とみなすことは許されないのである。それゆえ、本件には、被告知事は令書交付に代えて公告をする要件を欠くにかゝわらずこれをした違法があり、右違法のかしは明白かつ重大であるから本件買収処分は無効である。

四、被告荻田の主張する取得時効は完成していない。本件買収処分には、既述のとおり、実体上手続上幾多の不備違法がある。自創法の買収売渡処分によつて権利を取得する被告荻田においては被告知事の買収処分に右のような不備違法の点がなかつたかどうかについて調査すべきである。これは自創法により優先的に小作地売渡を受けるについて当然なすべき小作人の義務というべきものである。この点について相当の注意をなすべきであるにかゝわらず、これをなさずに、国のなす処分であるとの一事をもつて、処分が適法有効であると信じたとすれば、そう信じたことに過失があるものというべきである。被告荻田は民法第一六二条第二項の無過失の要件を欠くから、取得時効は未だ完成していない。」

と述べた。

(証拠省略)

被告大阪府知事は本案前の抗弁として

「原告は本件買収処分の無効確認を求める訴の利益を有しない。相被告荻田は本件土地について昭和二三年六月五日大阪府知事から自創法の規定に基づく売渡通知書の交付を受け、その売渡の時期である昭和二二年一〇月二日その所有権を取得し、自来、所有の意思をもつて平穏かつ公然に本件土地を占有していたのであるから民法第一六二条第二項に規定する取得時効が完成した。原告は右時効の完成により所有権を失い、再び、原告にその所有権が帰属するいわれはないから、原告は本件買収処分の無効確認を求める訴の利益を有しない。」

と述べ、

本案について「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「請求原因一、および二、の事実は認める。三、の本件買収処分に無効事由の存する事実および四、の本件売渡処分が無効であつて、被告荻田が本件土地の所有権を有しない事実はいずれも否認する。

(一)  本件土地は小作地である。

原告が本件土地を養鶏場に使用するため土盛工事に着手したことは知らない。現状は立派な水田であり、このような状態は認められない。被告荻田の父仙太郎は原告の父から依頼を受けて、小作契約を結び、昭和一二年の夏作から耕作をはじめた小作料として毎年米四斗を昭和二〇年まで納めた。昭和二一年も例年のとおり持参したがその数日後原告と他一名が返しに来たのでその後は納めなかつた。国が被告荻田に本件土地を売り渡すまでの間原告が同被告に本件土地の返還を要求した事実はない。

(二)  原告は不在地主である。

本件買収当時原告の住所は大阪市生野区南生野五丁目にあつた。原告主張の中河内郡加美村長沢町豊島貢方は形式的に寄留していたにすぎず、一時的に居住したことはあつても、原告の住所ではなかつた。原告が昭和二三年七月一九日加美村農地委員会長あてにした買収計画に対する異議申立書(乙第三号証)によれば、原告は加美村を住所と記載しているが、在村地主である旨の主張は一言半句もなく、むしろ不在地主であることを肯定している。東住吉区長の認証にかかる住民票の除籍謄本(乙第四号証)によると、原告は昭和二八年三月二〇日加美村長沢町から本籍地の生野区南生野町五丁目一二番地へ転居したことになつているが、生野区長の認証にかかる住民票の謄本(乙第五号証)によると、原告の妻アサヱは昭和一五年から、長男孝造は生れた昭和一九年から、長女信子は生れた昭和二二年から、引き続き原告の本籍地に居住していることになつている。以上の事由から判断すると、原告が一時的に加美村に居住していたことがあつたとしても、家族は生野区に居住していたのであるから、被告知事が原告の生活の本拠たる住所は生野区にあると認定したのは当然である。

なお、本件買収計画書および買収令書等に記載の住所は中河内郡加美村長沢町豊島貢方になつているが、これは事務上の過誤であつて、原告を在村と認めたためではない。本件買収の前後において一時的に居住していることを確知したためである。

(三)  買収令書の交付に代えて公告をしたことについて。

本件買収令書はその交付に代えて、昭和二三年一一月一八日大阪府公報号外をもつて公告した。加美村農地委員会は昭和二三年三月二四日付で中河内地方事務所長から原告に対する買収令書の交付方の依頼を受けた。その当時原告は前記豊島貢方に一時寄留していたので、買収令書の交付関係について在村地主と同様に取り扱うのを相当と認め、加美村農地委員会は一般の在村地主に対すると同様に「買収令書を交付するから、委員会事務局に受け取りに来られたい」旨の通知を文書をもつてしたところが原告は受領に来なかつたので受領拒否とみなし、被告知事は自創法第九条但書に該当するものとして、この規定に基づいて令書の交付に代わる公告をした。以上の次第であるから右公告は適法である。

(四)  右公告における土地の表示について。

本件買収令書の交付に代わる公告において本件土地は加美村大芝町田一・七・二六と表示されているが、それは原告所有の本件土地

大芝町八丁目一一八番地 田一反一畝二六歩

と原告の亡弟米谷孝雄の所有であつた

大芝町八丁目一一九番地 田 六畝歩

の二筆の買収土地の合計面積である。原告は右二筆が買収の対象となつていることを知悉していたものであるから、個別的に表示をせず、二筆を合せて表示した点において若干明確を欠いてはいるが、この程度のかしは買収処分の重大・明白なかしに当らない。」

と述べた。

(証拠省略)

被告荻田は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として

「請求原因一、および二、の事実は認める。三、の本件買収処分に無効事由の存する事実、四、の本件売渡処分が無効であつて、被告荻田が本件土地の所有権を有しない事実はいずれも否認する。本件買収処分は適法有効である。その詳細については被告大阪府知事の答弁を援用する。被告荻田は国からの売渡により適法有効に本件土地の所有権を取得した。

仮に本件買収処分が無効であり、被告荻田に対する売渡処分が無効に帰し、これにより被告荻田が本件土地の所有権を取得しなかつたとしても、被告荻田は昭和二三年六月五日に昭和二二年一〇月二日を売渡の時期とする売渡通知書を受領し、右売渡により本件土地は適法有効に被告荻田の所有に帰したものと信じて疑わなかつた。被告荻田は右売渡を受けてからは自己の所有に属するものと確信し、平穏かつ公然にその権利を行使して耕作占有を続け、現在に及んでおり、右権利行使の始め善意であつて過失がなかつたから、民法第一六二条第二項の取得時効の完成により右土地の所有権を取得した。したがつて、本訴請求は失当である。」

と述べた。(証拠省略)

当裁判所は職権をもつて被告荻田本人を尋問した。

理由

一、被告知事に対する本訴請求の適法性について。

被告知事は、被告荻田は本件売渡処分により本件土地の所有権を取得しなかつたとしても、同被告は取得時効の援用によりその所有権を取得しているから、もはや原告は被告知事に対し本件買収処分の無効確認を求める利益を有しないと主張するので考えてみる。

被告荻田が本件土地の所有権を時効取得していることは、のちに認定するとおりである。しかしながら、行政処分そのものの無効確認の訴は、処分の無効を前提とする権利義務の存否確認の訴とは性質と価値を異にする全く別個の訴訟型態であつて行政処分の取消の訴に準すべき性質を有するものである(訴願との関係、出訴期間、立証責任等若干の点においては、取扱いを同一にすることをえないものがある)。行政処分の取消訴訟は、現在の権利関係がどうであれ、取消を求める法律上の利益があるかぎり許される。行政処分の無効確認の訴も、無効確認を求める法律上の利益を有するかぎり、現在の権利関係のいかんにかゝわりなく許されるものと解するのが相当である。

本件についてみるに、被告荻田が本件土地の所有権を時効により取得するためには、本件買収ならびに売渡処分が無効であることが前提条件とならねばならないのであるが、原告と被告知事との間で右処分の無効が確定されると、被告知事はたとえば、被告荻田の同意を得て、売渡による被告荻田に対する所有権移転登記の嘱託を取り消し、買収による農林省名義の所有権取得登記の嘱託を取り消し、登記簿上の原告の所有名義を回復する措置その他適当な原状回復の措置を採らなければならない法律上の責務が発生するし、しかもその可能性は失われていない(本判決における被告荻田の時効取得の抗弁の成否の判定は被告知事ないしは国と被告荻田との間ではなんらの法的効力を持つものではない)。原状回復が認められず損害賠償に変容するかどうかは、現在においては未知未定のことに属する。そのうえ、原告は国を被告として本件買収ならびに売渡の無効を前提とする現在の法律関係たる所有権確認の訴や登記抹消請求の訴を提起することによつてはその目的を達することができない(国は被告荻田と同一の立場に立つてその時効の援用の結果を主張することによつてこの種の訴は無に帰する)。以上の諸点から考察するときは原告は被告知事に対し、本件買収処分の無効確認を求める法律上の利益を有するものというべきである。

そうだとすれば、本訴請求は適法であり、被告知事の本案前の抗弁はあたらない。

二、そこで本案に入り、まず本件買収処分に無効原因があるかどうかについて判断する。

原告主張の一、および二、の事実は当事者間に争いがない。

(一)  原告主張の三、の(一)について。

行政処分について要件事実の存在を肯定した処分庁の認定が誤りであることを無効原因として主張するには、誤認が重大・明白であることを具体的事実に基づいて主張すべきであり、単に抽象的に処分に重大・明白なかしがあると主張したり、もしくは処分の取消原因たる違法が当然に無効原因を構成するものと主張することだけでは足りない(最高裁判所昭和三四年九月二二日判決、民集一三巻一一号一四二六頁参照)。原告の右主張は単に本件土地は小作地でない、これを小作地と認定して買収することは当然に無効原因となるとするものにほかならず、無効原因の主張としては、主張自体理由がない。(のみならず、成立に争いのない乙第三号証に被告本人荻田彰の供述、原告本人の供述の一部を総合すれば、被告荻田の父仙太郎は昭和一一年頃原告から本件土地を借り受け被告荻田は父とともに本件土地を耕作し小作料として毎年米四斗を支払つていたことを認めることができる。原告の右主張は全然採用できない。)

(二)  原告主張の三、の(二)について、

各成立に争いのない甲第三号証、乙第四号証、乙第五号証に、証人豊島貢の証言、原告本人の供述を総合すれば、原告は従前から本籍地である大阪市生野区南生野町五丁目一二番地に居住して養鶏業を営んでいたこと、昭和二一年五月再度の応召から復員して同所に引き揚げ、引揚証明書の住所も同所になつていること、原告は本件土地の返還を受けて養鶏場として養鶏業を営むつもりであり、本件買収処分当時は親戚の中河内郡加美村長沢町九丁目一七六番地豊島貢方の三畳一間を借りて自炊し、配給も同所で受けていたが、本件土地の返還を受けられないので大工仕事や手伝いに従事していたこと、原告の妻は終戦前から原告の本籍地を住所として届け昭和一九年四月生れの長男孝造および昭和二二年四月二九日生れの長女信子の住所も当初から同所となつていたこと、しかし、原告の妻子は事実上藤井寺の実家の叔父の家に居住し原告は時々加美村から藤井寺に赴いていたこと、昭和二八年三月二〇日原告は前記本籍地において住民登録をなしていること、以上の事実を認めることができる。

右認定によれば、原告は本件買収当時は加美村に居住する意思で寄留届をなし、現実に前記豊島方に起居していたのであるから、原告の住所は加美村にあつたと認めるのが相当であり、被告知事が原告を不在地主と認定し本件買収処分を行なつたのは違法であるといわなければならない。しかしながら、原告の妻子の公簿上の住所は生野区南生野町五丁目一二番地以外にはなく、そこは原告の本籍地であり、原告の外地からの引揚地と定めた地であり、原告は単身で妻子と別居していた関係で時々妻子の許に帰来していた事情に照せば被告知事が前記豊島方は原告の一時の寄留先であつて、原告の住所は生野区にあると認定した違法のかしは客観的に明白であつたと認めることはとうていできない。したがつて不在地主でない原告を不在地主と認定してした本件買収処分は無効ではないというべきである。原告のこの点に関する主張は失当である。

(三)  原告主張の三、の(三)について、

被告知事が加美村農地委員会の立てた買収計画に基づいて昭和二二年一〇月二日を買収の時期とする買収令書を発行し昭和二三年一一月一八日大阪府公報号外をもつて買収令書の交付に代わる公告をしたことは当事者間に争いがない。

被告知事は加美村農地委員会は昭和二三年三月二四日付で中河内地方事務所長から原告に対する買収令書の交付方の依頼を受け、当時原告は前記豊島方に寄留していたので、令書の交付関係については在村地主と同様に取り扱うのを相当と認め、一般の在村地主と同様に「買収令書を交付するから委員会事務局に受け取りに来られたい。」旨の通知を文書をもつてしたが、原告は受領に来なかつたので、受領拒否とみなし、自創法第九条一項但書に該当するものとして、令書の交付に代わる公告をしたという。成立に争いのない乙第七号証および前掲豊島貢の証言によれば、被告知事主張のような令書交付の依頼に基づき加美村農地委員会が前記豊島貢方の原告にあてゝ令書受領の催告をしたことを認めることができる。しかしながら、原告が、仮に、右受領催告に応じて指定の場所に受領のため出頭しなかつたとしても、これをもつて自創法第九条第一項但書にいわゆる「令書の交付をすることができないとき」にあたるものとみることはできない。なんとなれば、令書の名あて人はかような知事ないしは農地委員会の催告に対し令書受領のためその指定の場所に出頭すべき法律上の義務を負ういわれは全然ないからである。したがつて、かような便宜的高圧的方法が効を奏して令書交付の目的を達した場合は別として、そうでない場合は、被告知事ないし農地委員会はあらためて、名あて人の住所もしくは送達がなされうると認められる相当な場所にあてて令書を郵送するか、直接名あて人に持参交付する措置を取るのが当然であり、かような措置を取つたのちでなければ、知事は令書の交付に代わる公告をすることは許されないし、右要件に該当しない場合における買収令書の公告は無権限にして無効であつて買収処分は買収の効力を生じないものといわなければならない。

本件において、被告知事ないし農地委員会が、右の当然の措置を取らなかつたことは弁論の全趣旨に照し明らかであるから、前説明のとおり、本件公告は無効であつて、本件買収処分はその効力を有しないものといわなければならない。

そうすると被告知事に対し本件買収処分の無効確認を求める原告の本訴請求はその余の争点を判断するまでもなく、正当である。

三、被告荻田に対する売渡処分の無効と取得時効の抗弁の成否すでに認定したとおり本件買収処分は無効であるから、その有効なことを前提とする本件売渡処分も無効であり、したがつて被告荻田は本件売渡処分によつては本件土地の所有権を取得しなかつたものといわなければならない。

ところで被告荻田は取得時効の抗弁を主張するので考えてみる。

被告荻田が以前から本件土地を占有耕作していたことは当事者間に争いがなく、同被告が売渡処分を受けてからのちは所有の意思をもつて平穏かつ公然にその権利を行使して耕作占有を続け今日に及んでいることは、原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。そして被告荻田は善意で自己の所有に属するものと信じているものと推定されるところ、反対の証拠はない。

そうすると、こゝで残された問題は、被告荻田が本件土地の所有権が売渡処分によつて自己に帰したものと信じたことに過失がなかつたかどうかということになるわけである。

およそ、自創法による農地の売渡処分にかぎらず、一般に、ある特定の権利を取得させる行政処分があつた場合において、処分の相手方が、処分の効果として権利を取得したと信ずるのは当然であり、特別の事情のある場合のほかは、そう信ずるについて過失はなかつたものと認めるのが相当である。

おもうに、行政処分が適法である場合はもちろん、処分に違法事由があつても取り消されることなくして処分が確定した場合には、処分の相手方は処分の効果としてその権利を取得するから、時効取得の要件たる過失の有無を論ずる余地がない。過失の有無を論ずる必要は、処分に違法事由があつて、職権もしくは訴訟手続によつて取り消され、さかのぼつて失効した場合、もしくは処分に無効原因があつて当初から効力を生じていない場合に生ずる。権利を取得したと信じたことにおける過失は、処分に取消原因たる違法事由があつて取消が必然的に予想されるにかゝわらず、その点に思い及ばなかつた注意の不足、もしくは、無効原因たる重大・明白なかしがあるにかゝわらず、それに気づかなかつた注意の不足ということに帰着する。ところで行政庁の一般的権限に基づいてなされる行政処分は、重大・明白な無効原因がある場合を除いて適法の推定を受け、相手方を拘束する公定力を有する。したがつて、行政処分の違法事由の存否について相手方に注意義務、調査義務を課すことの不合理は明白であろう。無効原因の存する処分は、適法性の推定を有しえないのであるが、この場合においても、法に基づき法に従つて処分すべき責務を負う行政庁は無効のかしは存しないものとして処分をした、無効のかしの存することに気づけば処分をしないであろうと処分の相手方が考えるのは極めて自然である。行政は常に善、常に正、悪をなさず、過失を犯さずということはもちろんない。しかし、処分の相手方の受取方として、行政は不善、不正、過失を犯すものと一応きめてかゝり、行政処分に無効のかしが存しないかどうかを疑わなければならないとするのは甚だ不都合であるし、そのような調査の能力も手段も有しない処分の相手方たる私人に調査の責を負わせ過失の責を問うのは、なにか特別の事情があつて積極的な疑念を抱くのを当然とする場合を除いては、酷に失するといわなければならないのである。以上の理は、処分の相手方の申請に由来して処分がなされた場合であつても異なるものではない。

本件についてみるに、本件売渡処分に無効のかしの存することを知らなかつたことについて、被告荻田の過失の責を問うべき特別の事情は認められない。したがつて、本件売渡処分の通知がなされたのは昭和二三年六月五日であつて、その当時原告に対する買収令書の交付はなされておらず昭和二三年一一月二三日になされた令書の交付に代わる公告はすでに明らかにしたとおり無効であり、このかしにより本件買収処分は無効、したがつて本件売渡処分も無効であるが、かような買収手続における無効のかしを知らず、本件売渡処分を適法有効と信じたことについてはなんらの過失はないというべきである。

したがつて被告荻田は売渡通知書の交付を受けた昭和二三年六月五日の翌日から起算し満一〇年を経過した昭和三三年六月五日の満了をもつて本件土地の所有権を時効により取得したものと認むべく、同被告の時効の抗弁は理由がある。

そうすると大阪法務局昭和二五年六月二六日受付第三五九五号をもつてなされた自創法第一六条の規定による政府売渡を原因とする所有権移転登記は権利変動の真実の経過を反映してはいないが、現在の権利関係に合致するものというべく、それゆえ、かような登記もなお適法な登記というに妨げないから、同被告に対し右登記の抹消登記手続を求める原告の請求は失当である。

四、よつて被告知事に対する本訴請求は正当として認容し、被告荻田に対する本訴請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 中村三郎 上谷清)

(別紙物件目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例